「なんで私、あの時聞かなかったんだろ?」
と後々わたし思うよなぁ、きっと。
プラットフォームに降り立って群衆の一部となったら、香りも見失ってしまう。
と一瞬の思いに後押しされて、わたしは聞きました。
「すみません、その香りはなんですか?」
電車の隣の座席に座った男性は、中東系の顔立ち。イヤホンから携帯の音楽を聴いているようす。
彼が座る2歩手前でわたしの嗅覚が尖ります。ウッディでとても落ち着く。
肩を軽くタップ。「あの、お邪魔して申し訳ないのですが、何を纏ってらっしゃるんですか?」
「ブルガリです。」
「ブルガリの、何でしょう? ずっとこんな香りを探していました」
小さな香水ボトルを鞄から取り出し、見せてくれました。
トライしてみますか?というジェスチャーに、手首を差し出します。
柑橘の爽やさがまず来ます。これがウッディになるのね‥ふむふむ。
「最初はシトラスなんですね、ここから安息的な木の香りに? とても落ち着かせてくれる香りだと思ったんです」
「緊張する仕事なので、香りでリラックスするんです。空港を通ることが多いので、いろいろ試します」
早朝の森林の奥へ進んでいくと、長い歳月を経た大木に出会うような。スパイスの温かみもある包容力、磨かれた古木のオブジェがどっしりとした書斎にあるような都会っぽさも。これは飽きないかも。分かるわー。
ふた駅ほどして、彼は降りていきました。
フランスのインターポール本部に勤めていて、仕事的に海外に行くことが多い。でも僕はイギリス育ち、ケンブリッジを出て、ロンドンに家族が居るのでこれから家に戻るんです。
と、さらっと略歴を語ってくれましたので、わたしも簡単に「フォトグラファー」であること、最近はショートフィルムも作っていること、など。
黒を基調にベージュの織りのウールコート、細身でクリアカットな印象。入ってきた時から、静かなオーラがありました。それはもしかして、香りの印象だったのかな?
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